褒賞 - 2021年度選考結果
2022年5月30日にアルカディア市ヶ谷にて授与式を開催しました。
西川賞
和田 道治(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 教授)
宮武 宇也(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 名誉教授)
「KISS(元素選択型質量分離装置:KEK Isotope Separation System)とMRTOF-MS(多重反射型飛行時間測定式質量分析器(:Multi-Reflection Time of Flight Mass Spectrograph)の設計・建設・運転」
西川賞
西村 昇一郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特別助教)
神田 聡太郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 助教)
下村 浩一郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 教授)
鳥居 寛之 (東京大学大学院理学系研究科 准教授)
田中 香津生(Paul Scherrer Institute PSI fellow)
「ミュオニウム超微細構造精密測定におけるラビ振動分光の研究」
小柴賞
中村 光廣(名古屋大学未来材料システム研究所 教授)
中野 敏行(名古屋大学大学院理学研究科 講師)
「原子核乾板の技術革新と素粒子・宇宙線実験等への応用」
諏訪賞
上坂 充(内閣府原子力委員会 委員長)
「先進小型電子ライナックの開発と利用推進」
諏訪賞
Geant4日本グループ
代表 佐々木 節(高エネルギー加速器研究機構計算科学センター 教授)
浅井 慎 (Thomas Jefferson研究所 シニア研究員)
藏重 久弥(神戸大学大学院理学研究科 教授)
村上 晃一(高エネルギー加速器研究機構計算科学センター 准教授)
「物質と放射線との反応シミュレーションプログラム:Geant4 の国際的な開発運用」
選考理由一覧
西川賞受賞者: 和田 道治(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 教授)
宮武 宇也(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 名誉教授)
研究題目:「KISS(元素選択型質量分離装置:KEK Isotope Separation System)とMRTOF-MS(多重反射型飛行時間測定式質量分析器(:Multi-Reflection Time of Flight Mass Spectrograph)の設計・建設・運転」
選考理由:
KEK 素粒子原子核研究所の和田道治氏と宮武宇也氏は、理化学研究所和光キャンパス内にある素粒子原子核研究所和光原子核科学センターに、KISS(元素選択型質量分析装置)と呼ばれる質量分析装置を設計・建設し、金・白金やウラン・トリウムなどの重元素合成の起源天体を解明する研究プロジェクトを進めてきた。両氏は多核子移行反応が、この領域の不安定中
性子過剰原子核の生成に有効である事を実証し、これによって生成された不安定核を迅速にガス中で捕獲して、イオンのままあるいはレーザーイオン化の手法を駆使して低エネルギーの短寿命核ビームとして引き出す手法を開発した。上記のイオン操作技術は、ヘリウムガス中で減速・熱化した放射性同位体イオンを、高周波カーペットを用いて高速・高効率で補修し冷却された RI ビームに成形するものであり、あらゆる元素の高精度分光を可能としている。
更に、KISS に多重反射型飛行時間測定質量分析器(MRTOF-MS)を組み込んで、多種の原子核を分離せずに同時に高能率測定することが可能となり、短寿命原子核の質量を約 10-6 の高分解能で網羅的に測定することに成功した。これにより、多核子移行反応により生成した中性子過剰不安定同位体の系統的な精密核分光研究が初めて可能となった。
これを受けて、上記研究プロジェクトでは、 放射性同位体の寿命、質量、崩壊様式、核モーメント、核荷電半径等の系統的測定が推進されている。宇宙における金・白金・ウラン、トリウムなどの重元素合成の謎に迫る研究に新たな道を切り拓くことが期待される。
コンパクトで可搬性にもすぐれたこの装置は、測定対象の原子核に応じて多様な設置が可能であり、超重元素領域での原子質量測定においても威力を発揮している。
以上のことから和田・宮武両氏の本業績は、西川賞にふさわしい研究であると判断された。
西川賞受賞者: 西村 昇一郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 特別助教)
神田 聡太郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 助教)
下村 浩一郎(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 教授)
鳥居 寛之 (東京大学大学院理学系研究科 准教授)
田中 香津生(Paul Scherrer Institute PSI fellow)
研究題目: 「ミュオニウム超微細構造精密測定におけるラビ振動分光の研究」
選考理由:
本研究グループは、原子分光分野における新しい「ラビ振動分光」と呼ばれる手法を開発、実証した。通常の原子分光は、構成粒子の精密な情報を得るために、照射する光や電磁波の周波数を変化させながら吸収の大きくなる共鳴周波数を求めるのが一般的であるが、パワー変動などの要因により、精密測定が難しいという問題を抱えている。特に短寿命原子などの測定では、信頼性のある結果が得られていない。本グループでは、周波数を固定したままで、パワーに応じた時間応答を観測し、ラビ振動と呼ばれる現象を観測することで、その問題を克服しようとしてきた。ラビ振動とは、共鳴周波数からのずれと、パワーに応じて、時間応答が振動を示す現象であり、その存在自体は知られていたが、分光に応用した例はなかった。
本グループは、J-PARC において、μ+粒子と電子からなるミュオニウムを生成し、そのラビ振動を観察、それをシミュレーションと比較することによって、共鳴周波数を正確に導き、従来の精度を一桁凌駕する結果を得られることを示した。これにより、素粒子ミュオン(ミュー粒子)の質量を高精度で決定して、量子電磁力学(QED)をはじめとする素粒子物理学の標準模型を検証することができることが期待されている。
本成果は、世界をリードする成果であるとともに、今後 J-PARC の性能が増強された暁のミューオン利用にさらなる発展が期待できる成果である。
以上のことから西村・鳥居・神田・田中・下村5氏の本業績は西川賞にふさわしい研究であると判断された。
小柴受賞者: 中村 光廣(名古屋大学未来材料システム研究所 教授)
中野 敏行(名古屋大学大学院理学研究科 講師)
研究題目: 「原子核乾板の技術革新と素粒子・宇宙線実験等への応用」
選考理由:
原子核乾板はミクロンオーダーの高い位置分解能を持ち、昔はよく使われていたが、顕微鏡を用いて人が飛跡を探すため解析に時間がかかるため、検出面積を大きくできないという問題があった。
中村光廣、中野敏行両氏は、原子核乾板をステージで動かし、顕微鏡を通した乾板の像をデジタル化し、それをコンピュータで解析して、飛跡検出を自動化するシステムを作り上げた。
撮像素子やコンピュータや IT 技術の発展とともに、この自動飛跡検出技術も発展させ、原子核乾板をスキャンする速度は 1980 年ごろから6桁も向上している。
さらに、フィルムメーカーが乳剤を作らなくなったのを機に技術移転を行い、自前で各研究の 目的に合わせた乳剤を開発し、乾板を作る技術も確立した。
これらの技術開発の結果、米国 Fermilab でタウニュートリノを世界で初めて検出した。また大量の原子核乾板を用いて、ヨーロッパ CERN から飛ばしたミューオンニュートリノが振動してタウニュートリノに変わる反応を初めて観測した。
さらに中村氏が教授となってからは、原子核乾板の応用範囲を大きく広げた。例えば T2K実験でニュートリノの原子核反応を調べたり、気球で原子核乾板を上空に上げて高い角度分解能で天体からのガンマ線の方向を調べたり、宇宙線を用いて溶鉱炉やピラミッドや火山や原子炉を透視したり、粒子線がん治療への応用も行っている。
さらに乳剤の改良によって、暗黒物質の探索を行い、超冷中性子を用いた重力の研究なども計画している。
中村氏は特に乳剤の開発と原子核乾板の応用、中野氏は飛跡の読み取りシステムの開発を主導してきており、両者の貢献は顕著である。また、彼らの開発した高速読み取りシステムは独創的で世界で随一であり、タウニュートリノへの振動実験など、国際的にも高い評価を得ている。
以上のことから中村、中野両氏の本業績は、小柴賞にふさわしい研究であると判断された。
諏訪賞受賞者: 上坂 充(内閣府原子力委員会 委員長)
研究題目: 「先進小型電子ライナックの開発と利用推進」
選考理由:
候補者である上坂氏は、長年にわたって S バンド・X バンド電子ライナックおよびレーザー加速システムの研究開発を行うとともに、利用施設を高度化して加速器利用研究を推進してきた。
まず、東大原子力工学専攻の S バンド電子ライナックにおいて、1990 年代に世界に先駆けて数百フェムト秒の極短パルスを発生させることに成功した。さらにこの電子パルスとレーザー光を高精度かつ高安定度で同期させ、ピコ秒時間分解ラジオリシスに供することができるよう、加速器施設を高度化した。その後も施設の高度化のための開発を継続的に行い、共同利用研究所として加速器利用研究に貢献し続けている。
次に、X バンド電子ライナックにおいては、社会的課題への応用を目指して、可搬型の加速器を開発してきた。企業との共同研究によって開発された最新のシステムでは、加速管にπ/2モードを採用してビーム負荷の下での安定動作を実現し、構造用コンクリートや道路橋の劣化診断に用いられようとしている。
さらに、レーザー加速においては、2000 年代初頭から放射線化学への応用を目指して装置開発を行い、放電キャピラリプラズマチャネルとソレノイド磁場を用いて準単色電子ビームを発生させることに成功した。また、最近ではレーザー誘電体加速装置の設計開発も行っている。
上坂氏はこれらの研究開発で 170 本の研究論文を発表しているほか、国際会議などで多数の招待講演を務め、多くの賞を受賞するなど、国際的評価も高い。さらに、これらの研究開発を通じて、数多くの人材を育成して学会や産業界に輩出してきた。
以上のように、上坂氏は長年にわたって加速器科学の発展に貢献し、顕著な業績を上げており、諏訪賞にふさわしい研究であると判断された。
諏訪賞受賞者: Geant4日本グループ
代表 佐々木 節 (高エネルギー加速器研究機構計算科学センター 教授)
浅井 慎 (Thomas Jefferson研究所 シニア研究員)
藏重 久弥 (神戸大学大学院理学研究科 教授)
村上 晃一 (高エネルギー加速器研究機構計算科学センター 准教授)
研究題目: 「物質と放射線との反応シミュレーションプログラム:Geant4 の国際的な開発運用」
選考理由:
Geant4 は放射線と物質との相互作用のシミュレーターとして、現在、世界で最も広く利用されている。加速器を用いた実験はもとより、人体への放射線の影響評価などを含む幅広い分野で、今やなくてはならないツールとして知られている。
Geant4 は、CERN で開発され 1990 年代まで高エネルギー実験の分野で使われてきたGeant3 を根本から見直し、オブジェクト指向言語 C++を用いてゼロから再構築したものである。
日本グループが立ちあげたその開発計画は、CERN をはじめアメリカやヨーロッパ諸国の主要な機関が参加して国際的な開発プロジェクトに発展した。そして 1998 年、Geant 4 の初版がリリースされるが、日本グループの貢献は極めて大きく、初版のコードにおいて日本グループが担当した部分は全体の半分にのぼった。
日本グループは初版のリリースと同時にその普及と保守のための国際的な枠組作りも主導し、各機関や ICFA と交渉して MoU による国際的プロジェクト Geant4 Collaboration を立ちあげた。このコラボレーションにおいても代表者の4名をはじめとする日本グループが重要な役割を果たしながら現在にいたっている。
Geant4 は LHC での Higgs 粒子の発見に大きく貢献し、Belle /Belle II、T2K をはじめとする数々の高エネルギー実験において不可欠なシミュレータである。さらに、日本グループはGeant4 の高エネルギー実験以外の分野への応用の拡大にも積極的に取り組んできた。特に粒子線治療においては、放射線効果のシミュレーション結果を人体画像とともにグラフィック表示するユーザーインターフェースを含めて開発し、国内のいくつもの粒子線治療施設で実用に供されている。
最近では、GPU を利用した超並列計算に適応した Geant4 の開発を進めるとともに、宇宙空間における放射線の遺伝子への影響を詳細に評価する宇宙医療分野の課題にKEK およびボルドー大学等と共同で取り組んでいる。
以上のように、Geant4 日本グループは長年にわたって加速器科学の発展に貢献して顕著な業績を上げており、諏訪賞にふさわしい研究であると判断された。