高エネルギー加速器科学研究奨励会

褒賞 - 2024年度選考結果

西川賞

    

      全 炳俊(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
      「先端利用研究のための中赤外自由電子レーザーの開発」

    

西川賞

    

      冨澤 正人(高エネルギー加速器研究機構 特別教授 名誉教授)
      「J-PARC主リングにおける遅い取り出し運転の性能向上についての研究」

         

小柴賞

    

      関谷 洋之 (東京大学宇宙線研究所 准教授)
      「スーパーカミオカンデにおける超新星ニュートリノ観測技術の開拓」

        

小柴賞

    

       岡田 信二 (中部大学 教授)
       山田 真也 (立教大学 准教授)
       橋本 直 (理化学研究所 理研ECL研究チームリーダー)
       奥村 拓馬 (東京都立大学 准教授)
      「極低温検出器を用いたエキゾチック原子X線精密分光の開拓」

         

小柴賞

    

      春山 富義(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授・副機構長)
      「大規模液体キセノン粒子検出実験を可能としたパルス管冷凍機の開発」

      

熊谷賞

    

      古矢 勝彦(元ニチコン株式会社 執行役員 NECST事業本部 技師長)
      「加速器用電源の開発及び製造」

       

選考理由一覧

西川賞受賞者: 全 炳俊(京都大学エネルギー理工学研究所 准教授)
         研究課題/業績:「先端利用研究のための中赤外自由電子レーザーの開発」
 
選考理由:
 全炳俊氏は、京都大学エネルギー理工学研究所の中赤外自由電子レーザー (KU-FEL)施設において、2008年の最初の発振から現在に至るまで一貫して、自由電子レーザー(FEL)装置の性能向上と利用研究の展開に従事してきた。全氏は、RF電子銃空洞の離調によるビーム負荷の動的補償、熱陰極であるLaB6の光陰極運転、電子バンチ繰り返しの変調による光共振器の完全同期長発振など、独創性の高い技術開発を積み上げることで、共振器型FELにおけるエネルギー引き出し効率の記録更新、3.7サイクルの超短パルス生成といった顕著なFEL性能を実現した。これらの成果はFELの基礎研究として高く評価されるとともに、X線領域を目指す高次高調波発生の入射光としての応用の基盤技術としても注目されている。加えて、全氏は、加速器の立ち上げからFEL光の供給までを一人で行うことができる運転システムを完成し、これにより、KU-FELは年間を通じてユーザー実験が可能な施設となった。中赤外波長域は、分子の指紋領域と呼ばれ光による分子固有振動の共鳴的励起を生じさせることができるなど、多くの魅力的かつ重要な利用研究が潜在的に存在する。固体レーザーでは、波長変換による中赤外パルス生成技術が急速に進展しているが、KU-FELはマクロパルスでキロワット、ミクロパルスで200メガワットを超える出力を有し、ユーザーの要求に応じて波長を自在に選べる点において優位性がある。大学保有の装置であるKU-FELは、国家レベルで施設の整備運用がなされているX線自由電子レーザー装置に比べ人的・予算的にはるかに小規模であるが、多くの独創的な工夫を加えることで、競争力のある魅力的な光源となり得ることを、全氏は示してきた。以上の研究業績は西川賞候補にふさわしいものであると判断された。


 

西川賞受賞者: 冨澤 正人(高エネルギー加速器研究機構 特別教授 名誉教授)
研究課題/業績: 「J-PARC主リングにおける遅い取り出し運転の性能向上についての研究」
 
選考理由:
 本推薦は、富澤氏による「J-PARC 主リングにおける遅い取り出し運転の性能向上についての研究」に関するものである。富澤氏は、J-PARC MRの遅い取り出しの責任者として、詳細なビーム力学研究に基づくイオン光学設計、ハードウェアR&D、実機建設、実用運転を担い、99.6%という世界最高性能の取り出し効率を実現した。遅い取り出しにおいては、ビームロス率が取り出し可能なビーム強度を規定する。富澤氏は独自で考案したdynamic bump スキームを導入し、またデバンチ時に生じるビーム不安定性の抑制など、高度なビーム制御技術を駆使して低ビームロス・ハイパワー運転(81kW)を確立した。これらの点は、独創性に優れているとともに世界的にも高く評価されている技術である。また、富澤氏は、J-PARCハドロン実験施設への取り出しビームスピルの安定性、時間構造の一様性など実験成果に直結するビーム質の点でも高いレベルでビーム供給を実現している。さらに、J-PARC COMET実験(μ→e探索実験)における大変困難なユーザからの要求(空バンチのビーム含有率1x10-10)に応えるなど、高度なビーム取り出し技術により様々な実験に貢献している。以上のことから、本選考委員会は、西川賞に十分ふさわしい研究であると判断した。


 

小柴賞受賞者: 関谷 洋之 (東京大学宇宙線研究所 准教授)
研究課題/業績: 「スーパーカミオカンデにおける超新星ニュートリノ観測技術の開拓」
 
選考理由:
 超新星爆発では最初にニュートリノが放出されるため、これを検出して超新星の方向を短時間で正確に決定できれば、可視光やX線などのフォローアップ観測が可能となり、マルチメッセンジャー天文学に大きく寄与する。一方宇宙には、過去の超新星爆発で生成されたニュートリノが数多く存在する。もしこの背景ニュートリノを測定することができれば、超新星爆発の歴史、ひいては宇宙の元素合成の歴史を探ることができる。
 関谷洋之氏は、スーパーカミオカンデのタンク水にガドリニウムを導入し、反ニュートリノの同定効率を大きく向上させることに成功した。これによって超新星ニュートリノの方向を1分半以内に約3度の精度で発信可能とした。また超新星背景ニュートリノ観測においてもバックグラウンドとなる太陽ニュートリノを抑え、その兆候を観測することができた。
 これらは国際コラボレーションによる成果であるが、水純化システムの責任者である関谷氏は、ガドリニウムを保持したまま水の透明度を保つ樹脂や、放射性不純物の少ない硫酸ガドリニウムの製造技術など、難しい技術開発を中心となって主導して実現したものである。
 以上の理由により、小柴賞にふさわしい研究であると判断された。



 

小柴賞受賞者: 岡田 信二 (中部大学 教授)
        山田 真也 (立教大学 准教授)
        橋本 直 (理化学研究所 理研ECL研究チームリーダー)
        奥村 拓馬 (東京都立大学 准教授)
研究課題/業績: 「極低温検出器を用いたエキゾチック原子X線精密分光の開拓」
 
選考理由:
 TES(Transition Edge Sensor; 超伝導転移端センサー)は、超伝導相転移近傍の電気抵抗値が著しく変化することを利用した非常に高感度な熱量センサー(マイクロカロリメータ)である。候補者は、TESを世界に先駆けて 陽子加速器施設の基礎物理実験に導入しエキゾチック原子のX線精密分光で革新的な成果を挙げた。
 TESは極めて高いエネルギー分解能を備える一方で、外乱に非常に敏感であり、極低温環境下での高度なノイズ管理が不可欠である。特に、多くの粒子が飛び交う加速器ビームラインで安定的に動作させることは困難とされてきた。しかし、候補者等が率いる研究チームは独自の技術的工夫により、TESの性能を最大限に引き出す手法を確立し、ビームラインでの安定運用を実現した。この結果、従来の半導体検出器と比べ一桁以上高い分解能を持つTESを用い、π中間子、K中間子、ミュオンを含むエキゾチック原子の精密測定に成功した。TESによる画期的な高精度X線測定を次々と実現し、その有用性が国際的に認められた。
 また、米国NISTを含む国際コラボ レーションを主導し、異分野の研究者と密接に連携した。TESを用いた先進的なX線分光技術は、原子核ハドロン物理や原子分子物理、ミュオン科学の発展に大きく貢献しており、候補者等の独創性とリーダーシップは加速器科学の進展に極めて重要である。候補者は、その先進的な技術力と学際的な協力体制を推進する力により、加速器科学の未来に貢献している。
 岡田氏、山田氏、橋本氏は、2012年のプロジェクト黎明期より測定器技術の開発と加速器ビームラインでの実験基盤を構築し、プロジェクトを牽引してきた。奥村氏は2019年からミュオンを用いた実験の展開に加わり、その進展において重要な役割を果たした。
以上の理由により、岡田氏、山田氏、橋本氏、奥村氏の業績は小柴賞にふさわしい研究であると判断された。




 

小柴賞受賞者: 春山富義 (東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授・副機構長)
研究課題/業績: 「大規模液体キセノン粒子検出実験を可能としたパルス管冷凍機の開発」
 
選考理由:
 液体キセノンは高密度・高感度の優れた粒子検出媒体として、暗黒物質探索や未知の粒子探索など、素粒子物理学の最先端研究に不可欠な存在である。しかし、165Kという低温での液化が必要であり、特に多数の光電子増倍管を直接液体キセノン中に配置する大規模実験においては、温度安定性と低振動性の両立が極めて重要な技術的課題であった。
 春山富義氏は、この課題を解決するため、同軸型設計と内部再生器方式を採用し、スリット型熱交換器を具備した革新的なパルス管冷凍機を開発した。本システムは200Wという大きな冷却能力を持ちながら、±0.1Kという極めて高精度な温度制御を実現し、さらに低振動という特長を併せ持つ。特筆すべきは、このシステムがMEG実験において900Lもの液体キセノンと830本の光電子増倍管を安定的に動作させることに成功し、40日以上の連続運転を達成したことである。
 さらに、本技術はKEKからIwatani社への技術移転により商用化され、MEG実験(スイス)、XENON実験(イタリア)、PandaX実験(中国)など、世界の主要な素粒子物理実験施設で採用されている。これにより、従来は技術的制約により困難であった大規模な液体キセノン検出器の実用化が可能となり、素粒子物理学の新しい地平を切り開くことに貢献している。
本研究開発は、基礎科学研究に必要な極限環境を実現する技術として極めて高く評価できる。また、技術移転による産業化の成功は、基礎科学と産業界の橋渡しとしても特筆すべき成果である。
 以上の理由により、小柴賞にふさわしい業績であると判断された。 




 

熊谷賞受賞者: 古矢 勝彦(元ニチコン株式会社 執行役員 NECST事業本部 技師長)
研究課題/業績: 「加速器用電源の開発及び製造」
 
選考理由:
 古矢氏はTRISTAN、SPring-8及びJ-PARC等の日本の大型加速器の建設において、必須となる電源の設計/製造に関わったのみならず、その後の安定した運転にも多大な貢献をされてこられた。TRISTANでのクライストロン電源は、同氏の初期の業績として挙げられるが、同電源を安定に稼働させるまでご尽力され、同電源はその後のKEKB/SuperKEKB加速器においても使用され、現在も稼働中である。また、その後に建設された加速器においても、新しい方式の電源の開発に従事されて、要求以上の性能を達成された。同氏の関わった代表的な開発製造は以下のとおりである。
1)KEK トリスタンークライストロン電源;クローバ盤、アノード/ヒータ電源、収束電源
2)KEKB用、高精度マグネット電源
3)SPring-8高性度直流電源/クライストロン電源(KEKの発展形)
4)J-PARC クライストロン電源;コンデンサーバンク、クローバ盤
5)J-PARC 3GeVシンクロトロンの入射用水平シフトバンプ電源
6)SACLA クライストロン電源
7)放射線医学総合研究所スキャニング電磁石電源
8)SACLA 振り分けキッカー電磁石電源
 これらの開発を通し、同氏の経験/ノウハウが継承され続けてきたことには大きな意義がある。高性能かつ高信頼性のある電源は、加速器がその性能を安定に発揮するための重要な基幹的システムであるが、そのシステム構築に長年取り組んでこられ、加速器科学の発展に多大な貢献をされた古矢氏の貢献は、極めて顕著であると認められるので、熊谷賞の候補に相応しいと判断された。




 


選考委員

  木下 豊彦  (公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター、コーディネーター)
  神山 崇   (中国科学院 高エネルギー物理学研究所 破砕中性子源科学センター 上級顧問)
  加藤 政博  (広島大学 放射光科学研究センター特任教授)
  小林 幸則  (高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設 特別教授)
  中野 貴志  (大阪大学 核物理研究センター センター長)
  福西 暢尚  (国立研究開発法人 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 加速器基盤研究部 副部長)
  道園 真一郎 (高エネルギー加速器研究機構 イノベーションセンター (iCASA)センター長)
  森 俊則   (東京大学素粒子物理国際研究センター 教授)
 


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