褒賞 - 2023年度選考結果
2024年3月7日にアルカディア市ヶ谷にて授与式を開催しました。
西川賞
山本 将博(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設 准教授)
内山 隆司(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設 専門技師)
「エネルギー回収型線形加速器(ERL)のための高輝度電子銃の開発研究および長期安定運転の実証」
小柴賞
三輪 浩司 (東北大学大学院理学研究科 教授)
「反跳陽子検出器システム(CATCH)を用いたハイペロン陽子散乱実験手法の開拓」
諏訪賞
金澤 健一(高エネルギー加速器研究機構 名誉教授 加速器研究施設ダイヤモンドフェロー)
「KEK B-factory真空システムの設計、建設、運転」
諏訪賞
高力 孝(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 研究支援員)
「衝突型加速器実験に於ける検出器建設への長年にわたる不可欠な貢献」
諏訪賞
同時トップアップ入射開発グループ 代表 惠郷 博文
(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設)
「KEK 電子陽電子入射器の多目的同時トップアップ入射の実現」
熊谷賞
土屋 将夫(金属技研株式会社技術開発本部相談役
(元エンジニアリング事業本部 本部長))
「長年にわたる加速器機器の研究開発・製造体制の実現」
選考理由一覧
西川賞受賞者: 山本 将博(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設 准教授)
内山 隆司(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設 専門技師)
研究題目:「エネルギー回収型線形加速器(ERL)のための高輝度電子銃の開発研究および長期安定運転の実証」
選考理由:
エネルギー回収型線形加速器(ERL)は、高性能電子源からメガヘルツを越える高い繰り返しで供給される電子ビームを、超伝導加速空洞を用いてその高い品質を損なうことなく一気に加速し、周回路を周回させたのち、超伝導加速空洞の減速位相に乗せてそのエネルギーを回収するという全く新しい方式の加速器である。この装置のビーム性能を決める第一は高性能電子源であるが、高品質(低エミッタンス)の電子ビームを高繰り返し・高電流で供給するために、1E-10Pa程度の超高真空化での使用が要求されるガリウム砒素半導体光陰極に500kVという直流高電圧を印加する前例の無い設計となっている。候補者らは、この技術的に難易度の高い電子銃の設計開発に加え、これを実使用環境下で長期間安定に動作させるための改良に10年以上取り組み、量子効率の低下を抑えながら1mAの電流を引き出すという実用運転に成功した。これにより、次世代半導体露光用自由電子レーザー光源開発など、ERLを用いた幅広い研究開発が可能となった。候補者らは、その10年以上にわたる取り組みの中で、高電圧印加時の放電やそれに伴う損傷を防ぐための構造上の独自の工夫、真空特性に優れたチタン製真空容器に非蒸発型真空ポンプを効率的に配置し超高真空を実現、さらに一旦発生した放電が停止に至る閾電圧の存在を発見し印加可能電圧を予測可能とするなど、独創性の高い様々な技術開発・改良を重ねることで、当該装置の実用化を実現した。これらの成果は国際的な学術誌で発表がなされており、高い評価を得ている。本研究業績は西川賞にふさわしいものであると判断された。
小柴賞受賞者: 三輪 浩司(東北大学大学院理学研究科・教授)
研究題目: 「反跳陽子検出器システム(CATCH)を用いたハイペロン陽子散乱実験手法の開拓」
選考理由:
バリオン8重項に属する粒子間の「一般化された核力」の理解には、ハイペロンと核子の散乱データが不可欠である。この分野での重要な進展として、三輪浩司氏はハイペロンと陽子の散乱をカウンターで測定する新しい実験手法を提案し、それに適した反眺陽子検出器システムCATCHを開発した。
CATCHの特徴は、事象の二次元再構成を可能にする螺旋状に配置されたファイバー層と、これを取り囲む長く密度の高いBGO結晶、さらにはMPPCによるデータの高速読み出しである。これらの要素により、コンパクトながら大きなアクセプタンスを持つハイペロン-陽子散乱に特化した検出器システムが実現した。
三輪氏の開発研究は、宇宙線を用いたコミッショニングから始まり、80MeVの陽子ビームを用いた散乱実験でシステムの性能を評価し、最終的には大強度ビームでの実験に進展した。この一連のプロセスを通じて、開発プロジェクトに関与した3名の学生が「測定器開発 優秀修士論文賞」を受賞した。
三輪氏によって開発されたCATCHは、J-PARCハドロン実験施設での大強度ビームを用いたE40実験で使用され、従来の実験の三十倍の統計量を持つデータの取得を達成し、理論研究に大きな刺激を与えている。三輪氏が開発した測定器システムが今後もハドロン物理学の分野で重要な役割を果たし続けることが期待される。
以上の理由により、小柴賞にふさわしい研究であると判断された。
諏訪賞受賞者: 金澤 健一(高エネルギー加速器研究機構 名誉教授 加速器研究施設ダイヤモンドフェロー)
研究題目: 「KEK B-factory真空システムの設計、建設、運転」
選考理由:
候補者の金澤氏は、1983年にKEK(当時は高エネルギー物理学研究所)に着任後、トリスタン、KEKB、そして、現在のSuperKEKBに携わり、大型の電子・陽電子衝突型加速器の超高真空システムの第一人者として活躍してきた。特にKEKB(KEK B-factory)においては、真空システムの初期設計、開発、製作、そして維持までの全体を統括し、その成功に深く寄与した。KEKBは1A以上の大電流を蓄積し、世界最高ルミノシティーを目指す当時最先端の衝突リングであり、その真空システムには大電流に起困する様々な課題(ガス放出、放射光パワー、ビーム由来の高次高周波、ビームインピーダンスなど)があった。金澤氏はトリスタンでの豊富な経験や独自の優れたアイデアにより諸問題を解決しつつ設計を進め、量産時の予期せぬ問題にも迅速かつ的確に対応し、KEKBはほぼ予定通りに完成を見た。特筆すべきは、衝突型加速器の中で最も難しい区間、すなわち、粒子測定器の境界部分(衝突点領域)の真空システムの設計、製作である。金澤氏は、加速器側を代表して測定器を担当する物理側担当者と入念な議論を重ね、完成度の高いシステムを構築された。その設計概念は、次のSuperKEKBの衝突点部の真空システムにも引き継がれていて、また、国外の衝突型加速器の衝突点設計でも常に意見を求められており、その設計思想の完成度の高さ、普遍性を証明している。これらの開発、研究は、金澤氏の真空科学・工学の深い見識、数多くの実際経験で裏付けされており、例えば、シンクロトロン光による真空容器からのガス放出の実験研究、グリーン関数を用いた加速器の圧力分布の計算法開発、真空排気過程の原理的解明など、加速器のみならず一般の超高真空装置にとって重要な論文を多数発表された。さらに、陽子・陽電子リングにとつて重要な電子雲不安定性対策の研究では、内面コーティングの比較検討実験、ビームパイプ内の電子密度評価法提案など、多くの業績が現在でも国内外で高く評価されている。金澤氏の大型加速器真空システムの設計方針、そして超高真空科学・工学の豊富な知識、そして何より研究開発に向き合う姿勢は、若手研究者にとつて貴重な手本となっており、現在のSuperKEKB真空システムに受け継がれている。
以上のように、金澤氏は長年にわたって加速器科学の発展に貢献するとともに、顕著な業績を上げており、諏訪賞に相応しいと判断された。
諏訪賞受賞者: 高力 孝(高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 研究支援員)
研究題目: 「衝突型加速器実験に於ける検出器建設への長年にわたる不可欠な貢献」
選考理由:
高力氏は1975年4月高エネルギー物理学研究所(当時)に技術職員として着任以降49年間、加速器を使った素粒子物理学実験の複数のプロジェクトに所属し、検出器の設計・開発・製造においてさまざまな貢献をしてきた。トリスタンVENUS実験ではワイヤー飛跡検出器の開発および製造に貢献した。ATLAS実験では、barrelモジュール2600台のうち980台もの製造を実現する重要な貢献を行なった。一方、Belle II検出器開発では、衝突点部のビームパイプ設計において複雑かつ困難な製造工程を実現、半導体崩壊点位置検出器(VXD)の組み上げ工程と解体入替工程の実現、バレル部粒子識別装置(TOP)の機械工学設計やインストール手順の策定、中央飛跡検出器(CDC)構造体の設計、製造工程の確立(約6万本のワイヤーの張力を可能な限り薄い筐体で支える)など、Belle II検出器高度化における貢献は特筆すべきである。高力氏の貢献なくしてBelle Ⅱ 実験は成り立たなかったと言っても過言ではなく貢献は大変大きい。
近年はさまざまなプロジェクトの中においてトップエンジニアとして指導的立場で指揮をとりつつ、重要な部分を自ら手がけており、経験・知識・計算結果に裏付けられた設計、現象に対する深い洞察に基づく改善提案、試作による緻密な検証により、目的とする物理の困難な要請を満たす設計を次々と実現し続けたことは、真似のできない偉業であると言える。
高力氏は日本の衝突型加速器実験を黎明期から現在に至るまで49年間に渡って支え、検出器の設計・開発・製造の権威として唯一無二の貢献をされており、諏訪賞に相応しいと判断された。
諏訪賞受賞者: 同時トップアップ入射開発グループ 代表 惠郷 博文
(高エネルギー加速器研究機構加速器研究施設)
研究題目: 「KEK 電子陽電子入射器の多目的同時トップアップ入射の実現」
選考理由:
SuperKEKB Bファクトリ計画のナノビーム法による電子陽電子の衝突効率向上のため、KEK入射器においても低エミッタンスかつ大電流のビームを加速・入射することが必須となった。一方、SuperKEKBの蓄積リングのビーム寿命が10分以下と非常に短いと予想され、一つの蓄積リング入射に入射器を占有させることができず、複数のリングへ入射ビームを高速に切り替えることが必要となった。このためSuperKEKBの電子陽電子の2つの衝突リング、陽電子ダンピングリングと2つの放射光実験施設の合計5つの蓄積リングに向けて、大きく性質が異なり、かつ高品質なビームを同時にトップアップ入射できるように、装置と運転管理機構の開発を行うこととなった。実際には、入射器の最大繰り返しである50ヘルツで、多数の加速装置の動作を変更し、あたかも同時に5つの蓄積リングにトップアップ入射を行うかのように入射器を動作させることにした。長期にわたる多項目の開発研究の結果、本格的なSuperKEKBの運転開始に合わせて運用を開始することに成功し、素粒子物理に対しては200%以上の実験効率向上を達成し、放射光実験に対しては0.1%の蓄積ビーム電流安定度をもたらした。
この間、安全管理の問題を含め、数多くの関係者が開発、維持管理に努め、多くの国際会議の発表などからもその様子が見て取れる。長い距離にまたがる高精度なビーム制御によって、一つの入射器から大電荷の陽電子と電子ビームを5つの蓄積リングに入射し続けることは世界的にも稀有な偉業であり、そのための工夫と努力は諏訪賞に値する。
長期にわたる仕事であるため、代表者の変遷も含めメンバーも多人数にまたがるが、選考委員会では、グループ全体に現在リーダーである恵郷氏を代表者として諏訪賞に値するものと決定された。
熊谷賞受賞者: 土屋 将夫(金属技研株式会社技術開発本部相談役(元エンジニアリング事業本部 本部長))
研究題目: 「長年にわたる加速器機器の研究開発・製造体制の実現」
選考理由:
受賞者である土屋氏は、大学卒業後に石川島播磨重工業株式会社原子力事業部に所属されてから現在までの41年間、ほぼ一貫して加速器の仕事に携わっている。金属技研株式会社においては、2010年からエンジエアリング事業本部の本部長として2023年まで統括された。
土屋氏はTRISTANのAR・MR真空系機器、KEKBおよびSuperKEKBにおいて衝突点ビームパイプや可動マスク(コリメータ) 、SPring-8の蓄積リング真空系機器、RIBFのSRC用真空容器、ニュースバルのビーム輸送系真空機器など、我が国を代表する大型加速器の建設や改造、さらにJ-PARCでは、真空散乱槽(BL20) 、T0チョッパー・フェルミチョッパー、中性子源機器(水銀ターゲット、モデレータ)などの開発、製造に関わってきた。例えば超高真空機器の製造例として挙げるSuperKEKB`衝突点ビームパイプの製造においては、ベリリウム管とチタン管の接合、タンタルとチタンの接合など異種金属接合かつ不純物混入のない工程設計が求められたが、土屋氏は着実に対応してその実現に貢献した。氏は長期的視点を持って若手エンジエアを含む複数人の体制を組み、新規の装置開発案件に対してアイデアの段階、試作、本番製造と状況に合わせて装置製作の実現に向けて加速器研究者のサポートを行ってきた。
以上のように、加速器関連装置の開発製造に対する長年にわたる土屋氏の貢献は、極めて顕著であると認められるので、熊谷賞に相応しいと判断された。
選考委員
木下 豊彦 (公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター、コーディネーター)
神山 崇 (中国科学院 高エネルギー物理学研究所 破砕中性子源科学センター 上級顧問)
加藤 政博 (広島大学 放射光科学研究センター特任教授)
小林 幸則 (高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設 特別教授)
中野 貴志 (大阪大学 核物理研究センター センター長)
福西 暢尚 (国立研究開発法人 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 加速器基盤研究部 副部長)
道園 真一郎 (高エネルギー加速器研究機構 イノベーションセンター (iCASA)センター長)
森 俊則 (東京大学素粒子物理国際研究センター 教授)